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東関戸区の若連に所属する某若週のBLOG. 
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東関戸の正面左手の方立です。
手前に膝まづいている人物は、名和長年といわれています。

この場面は、倒幕計画が失敗して隠岐の島へ幽閉されていた後醍醐天皇は
1633年2月24日、隠岐を脱出します。
後醍醐天皇らは最初出雲の杵築浦を目指したが西風に流されて伯耆国の名和湊についてしまいます。
名和湊につくと臣下の千種忠顕が先に上陸し道行く人に「この辺りに武勇で知られた者はいないか」と訪ねると「有名な武士ではないですが名和長年という財産があり思慮に富んだ人物がおります」とききます。そこで忠顕は名和氏の館に行き、『今天皇が湊に来られて、その方の武勇を聞き及んで頼みとされている。速やかに迎えに来るのだ』と言った。
 この時名和一族は酒宴の最中だったが、あまりのことで答えることが出来なかった。そこに長年の弟である長重が進み出て「昔から今に至るまで人の望むところは富と名誉です。たとえ屍を戦場にさらすことになっても名を後の世に残すのは名誉なことです」と言ったので、名和一族は天皇を奉じて挙兵することを決意した。
合戦を決意した長年は近くの要害の地・船上山に立て籠もることを決めた。そこで長重が天皇を迎えに行ったが、急なことで輿を用意していなかったので鎧の上に荒薦を巻いて天皇を背負って船上山に向かった。
 長年は兵糧の用意のために近隣の農家に「倉にある米を一荷持って船上山に運んだものには500文を与える」と触れ回し5~6千人もの人数に5千石の兵糧を運ばせた。そして館に火をつけて名和軍も船上山に向かった。 (サイト名和長年戦記より)

この後醍醐天皇を名和湊にて迎える場面となります。
あれ???
名和湊で出迎えたのは弟の「長重」ですよね??
という事は、この手前の人物は名和長重かもしれませんね。
彫刻や錦絵などは、必ずしも史実とまるっきり一緒という事はないのです。
これがNHKの大河ドラマであれば時代考証がどうだ、とか視聴者からクレームがきたりするわけですが。
絵柄が良いとか題材が面白くなる、わかり易い などの方が史実より大事であったりするのではないでしょうか。

さて、この場面の続きが本川岸の彫刻にあります。
(多分題材として分類すれば、後醍醐天皇を船上山へ迎える場面として同一なのかもしれませんが)

輿を用意していなかったので鎧の上に荒薦を巻いて天皇を背負って船上山に向かった。
という場面がそれです。

名和氏のエピソードというと、この場面が有名です。
これもやはり金子光清は、師匠(本川岸の彫刻を彫った小松重太郎)の作品と同じ場面ではと思ったのでしょうか?色々想像しちゃいますね。

話はわき道にそれますが、もっと妄想しちゃいます。
下川岸の下高覧に「名和長生(なわながたか)」という人物が彫られています。
場面としては、名和長生が三種の神器を背負って京都へ届場面です。
下川岸の下高覧は、太平記の題材が数多くあります。
「楠公父子の別れ」「稲村ヶ崎の新田義貞」「児島高徳」。
「村上義光」もあったかな?
ですから太平記の時代を題材でそろえている感じがします。
上記の題材とくれば「名和長年or長重(船上山に後醍醐天皇を奉じる)」があっても不思議ではありません。
しかし名和とありますが、あるのは「名和長生」の場面です。
これは、彫刻師 佐藤光正がメジャーところだけではつまらないので、名和長年(長重)では無く「長生(ながたか)」というあえて渋い題材で彫ったのか?
それとも、名和長年と長生を勘違いして彫ったのか?
長年(長重)の場面は天皇を背負っています。
長生(ナガタカ)の場面は、神器を背負っています。
両方とも背負う繋がりですね。

またそれだけでなく、名和長年は後醍醐天皇を迎えた時は「名和長高(ナワナガタカ)」と名乗っていました。その後、後醍醐天皇に言われ長年に名前を変えています。

背負うという行為が同じだけでなく、名前の読みも同じなわけです。
このあたりで彫刻師が混乱して勘違いした??
なんて妄想も出来しちゃうのです。
これはあくまで私個人の妄想ですが、このように題材一つ 彫刻一つで色々と想像できちゃうというのも佐原の祭の奥深さであり面白い所なのではないでしょうか?
                        
                        記者 関戸郷  


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