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東関戸区の若連に所属する某若週のBLOG. 
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この写真は、東関戸の山車新造のお披露目時の記念写真です。
東関戸の公会堂に飾られているのですが、この写真は外にはでまわっていない様で見たことのない人がおおいと思います。
この写真のデータがほしくて、こっそりスキャンしてしまうおうかと思いましたが、写真のサイズがでかいためスキャナーに収まりきらずにスキャンできませんでした。
これは写真を、デジカメで撮影したものです。
写真の端っこが反射してるのは額のガラスの所為です。

この写真場所は、薬師堂境内でしょうか。
左手の木。これは現在もある木でしょう。
この写真を見ますと、彫刻は蕨手と額だけ確認できます。
持ち送りも付いているかもしれませんが写真では確認できません。
この写真をみても蕨手だけが早く製作されていたことがわかります。
また皆揃いの山車新造記念の半纏を着ています。
前方右に拍子木を首から掛けた方だけは、旧関戸の半纏を着ています。
拍子木くずしの柄、衿にせ組の白抜き文字が見えます。

さて 東関戸年表にこの時の様子が記されています。
昭和十年 七月九日
山車上棟に付御礼曳
彫刻、人形出来すも若衆曳廻したしの申込を致す。
区長、役員、今は金が無いので曳廻しせぬが良いという。
若衆一同、金が有れば曳いてよいかと問うと、良いという。
さてこそ思案中に、○○○○○○氏(当時 当役とあります)が「俺がその金貸してやる」と金五百円を出す。
早速、若衆餅をつき本宿八日市場太田棟梁宅まで餅を撒き撒き大興行す。

とありました。

ちなみに先日我が家で発見した昭和10年当時の金銭出納帳(家計簿)には、
7月5日 町内屋台棟上ゲニ付祝儀渡ス 10円
7月6日 町内花車棟上ゲに付大工祝儀 10円
と記されています。

他の記載をみても、やはり当時は山車とは言わず、屋台、花車と呼ばれることのほうが一般的だったんでしょうかね。

                           記者 関戸郷

少し追加します。この写真の撮影場所は諏訪公園だと聞いています。
大天井の人達が棟梁クラス中央が達四郎さんかな?右側に居る人が和助さん。下に並んでいる職人以外の人は右から千葉さん?チャキを下げているのは川島さん、左側へうちの爺さん、うまやの頭、桶市さん、一番左側の寸胴は八木の親父さん。
50周年のときは、この中の大工さんは3名がお達者で太田の竹さん?
村田やの棟梁、が出席してくれました。欠席は宮崎(日下部)さんでした
 
                      記者 中郷
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